東京地方裁判所 昭和37年(ワ)663号 判決 1962年1月31日
原告 同栄信用金庫
右代表者代表理事 笠原慶順
右訴訟代理人弁護士 山崎保一
右訴訟復代理人弁護士 栗田盛而
被告 松元堅太郎
右訴訟代理人弁護士 石川悌二
主文
一、原告信用金庫の請求を棄却する。
二、訴訟費用は、原告信用金庫の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
原告信用金庫がその請求原因として主張する、一、二の事実は、被告が自白したところである。
被告が消滅時効の抗弁として主張する事実は、その時効が完成したとの主張を除き、原告信用金庫が自白したところである。
原告信用金庫の時効中断の再抗弁につき判断する。
原告信用金庫の主張によれば、係争約束手形の共同振出人である万邦繊維が、原告信用金庫主張の各日時、原告信用金庫に対し、その金員を支払い、係争約束手形金債務を承認したというのであり、被告自身がそのような、債務の承認をしたというのではないから、原告信用金庫の、再抗弁はこれを採用することができない。
この点につき、大審院民事第五部は、昭和八年五月九日言渡した判決(民集一二巻一二号一、一一五頁)に於て、約束手形の共同振出人の一人に対し、時効の中断の事由があつた時は共同振出人は、商法第五一一条(旧法第二七三条)第一項に基き、連帯債務者の関係にあるが故に、民法第四三四条の法意に従い、他の共同振出人に対しても、時効中断の効力があると判示した。しかしながら、当裁判所は、手形法施行以前に於ても、案件の場合に於ては、民法第四四〇条に従い、(この点につき独逸民法第四二五条第二項参照)他の共同振出人に対しては、時効中断の効力を認むべきではなかつたと考える。いわんや、昭和九年一月一日手形法が施行せられた後に於ては、手形債務の独立性の表われである同法第七一条に照し、右大審院の見解は到底これに従うことができない。
仮りに、被告が万邦繊維の代表者として、右債務を支払つたことが、事実上、個人としても、係争約束手形金債務の承認をしたと解し得る余地があるとしても、成立に争のない乙第一号証の一ないし三の記載、被告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被告は、万邦繊維の代表取締役として、昭和三五年八月一七日、国民金融公庫の代理業務を扱つていた原告信用金庫に、万邦繊維の国民金融公庫に対する貸金三〇万円の月賦弁済金三、〇〇〇円を持参し、支払つたところ、被告信用金庫は、その後被告の意思に反して、同年八月一七日付で、それが係争約束手形金四〇万円の内入弁済にこれを充当されたように処理し、被告が昭和三六年一二月五日、原告信用金庫に赴いたところ、万宝の原告信用金庫に対する前記二口の定期預金債権は昭和三一年一一月一七日付で、原告信用金庫主張のように、即ち内五万円は、係争約束手形金の内入に、残一五、〇〇〇円は、万邦繊維の国民金融公庫に対する右貸金の月賦弁済金の支払に充当した旨告げられたこと。原告信用金庫は、国民金融公庫業務部が、万邦繊維あてに発行した御払込帳なる書面に、昭和三六年一二月五日、七、五〇〇円を二回に弁済をうけた旨記載していることが認められる。この認定に反する部分の証人飯島賢治(第一、二回)の各証言は、前後矛盾し、これを採用することができない。
他に右認定を左右するに足りる証拠資料はない。
そうすると、被告自身としても、原告信用金庫に対し、昭和三五年八月一七日三、〇〇〇万円を、支払い、同年一一月一七日、万宝の原告信用金庫に対する右定期預金債権を、係争約束手形金債務の弁済に充当することを、承認したことはないといわなければならない。被告は、昭和三六年一二月五日、原告信用金庫から右定期預金債権が、右のように処理され、消滅したことを告げられたにすぎないのである。
そうだとすれば原告信用金庫の再抗弁は、理由がなく、被告訴訟代理人が昭和三七年二月一九日午前一〇時の本件口頭弁論期日に於て、原告信用金庫訴訟代理人に対し、右消滅時効の利益を援用する旨の意思表示をした以上、係争約束手形金債権は、同年同月同日消滅したといわなければならない。
従つて原告信用金庫の訴訟請求は失当であり、棄却を免れない。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り、判決する。
(裁判官 鉅鹿義明)